2003年 1月17日(金)   もみすり
雪がなけりゃ仕事、仕事。
4の5の言わずに仕事、仕事。

2003年 1月15日(水)

2003年 1月14日(火)   業務連絡
ようやく広州に着きました。もう8時か。
お茶がまずい。水がまずいんだね。

今日は、僕の乗るはずだった飛行機が急きょ欠航になって、
次の次の便にふりまわされました。
1日中、飛行場にいたようなもんです。
お腹はすくし、チケットは振替で追加料金取られるし、さんざん。
まあ、おかげで『李歐』読み終わりました。面白かった。

明日(15日)の泊まり先は予約済みですので
併せてお知らせしておきます。
   YMCA International Hotel
   (香港 青年会国際賓館)
    TEL/ 香港 852-2771-9111
    FAX/      -2388-5926(たぶん)

明朝は、日本時間の8時過ぎまでここにおります。
(これから食事に出ますが)
では、風邪をひかぬよう、お元気で。

2003年 1月12日(日)   華僑博物館 
なんか、涙が出そうになる。

門をくぐると大きな石があって
「勿忘故国(故国を忘れるな)」と刻まれている。
そして、建物の中へ入ると今度は
「走向世界(世界をめざせ)」の文字。

日本もようやく一等国の仲間入りをしたからか、
「世界」という言葉をきかれるようになったが、
中国人のその思いは、日本人の及びもつかないくらい
強いものなんだろう。
「故国を忘れるな」「世界をめざせ」
僕がすぐ思い浮かべたのは、サッカー選手だ。
カズやナカタだ。で、果たして僕は、
世界をめざしているだろうか?

海外へ渡った中国人は、苦力をしたり、リキシャーを引いたり、
それはそれは凄惨な生活だったようだ。
足がすくむような思いで、それらの写真をみた。
持ち物といえば、ただ竹のわくに布を張っただけの寝台。
散髪屋の3種の道具。大きな葉っぱでふいた屋根。
まあ、完全なバラックだ。
きっと、過酷な生活条件で仲間が何人も死んだだろう。
しかし、それがやがては、立派な中華街を作り、
自分たち同胞のための銀行や、金融システムを作り、
今、世界中にちらばる華僑の現実を思うと・・・
身につまされる思いがする。
実力というのが何なのか思い知らされる。

豊かな日本で育った僕らは、本当に「世界をめざす」
ことができるのだろうか。
実業と虚業の区別もつかない僕らに
実力を身につけることなんてできるのだろうか。

2003年 1月10日(金)   福建
広東から福建に入ると、僕のよく知っている中国に変わる。
中国に入ったという感じだ。
「福建人民 ホァンインニン」という垂れ幕を
バスでそのまま通過するだけで、検問もない。
家のつくりからして、もう変わる。中国だ。
シャントウの繁華街なんて、
カトマンドゥのタメル地区みたいだもんね。
東南アジアだ。

広東では食べ物があまり口に合わなかった。
慣れていないせいかもしれないが・・・。
市場にも、果物の絶対数が少なく
「南国フルーツ=広東」のイメージは崩れた。
田んぼが思った以上にあったし・・・。

福建は山が多い。
そのせいか田んぼはほとんど見ない。
言うまでもなく、茶、特にウーロン茶が有名。
バスの車窓から見るには、バナナやみかんが多いような気がする。
看板のつきかたなんかも違っていて、
人の気質が利発で商人のようだ。山がち・・・というお国柄のせいか。
僕の知ってる中国人。
華僑のふるさと、福建省。

広東の人はもう少し、おおらかでゆったりとした感じがする。
気候、亜熱帯で、デルタ地帯で、コメが作れて、
蛇でも猫でも食べるんだから、
そうセカセカしなくても生きていける。
のんびりしてたって、生きていける。広東人の気質。
北京や上海から遠いぶんだけ、別の国というか、
独特の国民性があるのだろう。
北京の人にとっては、まるで別の国、と感じさせるものが
あるのかもしれない。だって、アヘン戦争のあとで、
HONG KONGをイギリスにくれちゃったんだからね、北京は。
戦時中の東京からみた沖縄みたいな感じなんだろうな。

今のビザだって、香港に限らず、深セン、広州空港なんかでも
即日ビザを出すらしい。
「歩き方」によれば、福建アモイ空港でもビザが取れるとか。
北京や天津や青島や大連では、空港ビザを出さないのだから
単なる経済特区というだけではない、
北京からの心理的な距離があるのだろう。
「まあ、あんた方、自由におやりなさいよ。
中央からずいぶん遠いんだし」


2003年 1月 9日(木)   李歐のことば
高村薫は、すばらしい。
陳瞬臣の中国を舞台にした小説もよかったが
高村薫は、すばらしい。最高。

結局、中国は変わらない。
何も変わらない。
中国を変えられるのは、唯一、経済だけだ。
だから、俺は金儲けだ。
カネが中国を変えるんだ。


2003年 1月 6日(月)   糖朝と書いて
「糖朝」と書いて、Sweet Dynastyと読むってさ。
洒落てるじゃないか。
え、何だって?
Sweet Dynastyと読むってさ。
へえ、洒落てるじゃないか。
豆腐のデザートだって。
う〜ン、洒落てるじゃないか。
インテリアも抜群だ。
さすが青山、さすが香港。
洒落てるじゃないか。

2003年 1月 5日(日)   大人の会話 同級生との会話
「秋山のやってることは、実業だね」
「じゃあ、お前のやってることはなんだね、虚業かね」
「うーん、そうだな・・・記録。実業の記録」
「ふ〜ん」

2003年 1月 4日(土)   大雪ですが
大雪ですが、急いでいます。
コピーをとったり、銀行に走ったり。
もちろん、大雪ですから、車もすべります。
それでもFAXをコンビニから流さなきゃ間に合わないほど、
急いでいます。

こういうときの僕は、昔から天才的です。
絶対に間違えないし、的確に一つずつ処理します。
天才ですから、大雪だろうが急いでいようが
仕事は完璧です。
はい。