「ひこばえ」


 稲刈りの終わった田んぼには、切り株が残ります。
 ちょうど「土」という字の、上にぴょこっと出た部分、それが切り株です。丈は、5cmくらい。切り株がないと「工」という字になってしまいます。稲刈りあとの切り株を断面図として横から見た図、それが土の字。そんなふうに見えるのは私だけでしょうか。「土」の字。2本の横棒のうち、上のほうが「地面」を表し、下の横棒が「根っこ」、縦の棒は「植物の茎」をあらわしているように思います。
 地面の上に5cmばかり残った切り株。ここから、ひこばえというものが生えてきます。
 イネは1年草で、タネを作って(稲穂を残して)秋には枯れていくもの。ですから切り株には生物学的な役割は、本来はもうありません。しかし茶色い切り株からは10cmほどの緑の葉っぱが出て、1ヶ月もすると中には小さな穂を付けるものまで出てきます。死んだはずの切り株からです。ひこばえ、恐るべしです。(もっとも、ひこばえに付く穂は大きな米粒にはならないため、2度目の収穫なんていう2匹目のドジョウはいないのですが・・・。)それにしても、ひこばえを見るたびに、生命の強さのようなものを感じ驚かずにはいられません。
 動物にとっての心臓が、命を維持する中心であるとすれば、植物にとっての最重要の器官は、光合成をする「葉っぱ」のはず。その葉っぱをきれいに刈られたあとに、ひこばえは生えてきます。不思議ですよね〜。

自然界には無駄なものは存在しない。これは、生き物と接するときいつも感じる摂理です。
 イナゴやカメムシといった害虫に食われるのがいやだからと田んぼに殺虫剤をまけば、クモなどの益虫でさえも一網打尽で殺してしまいます。いもち病菌が怖いからと農地に殺菌剤をまけば、納豆菌などの本来は強い菌さえも居なくなってしまいます。だからうちでは殺虫剤も殺菌剤も使いません。雑草だって、イネの養分を吸い、イネを日陰にしかねない悪役に見えますが、上手に付き合えば土壌のバランスを上手く保つパートナーになりえるわけです。害虫とも、雑菌とも、雑草とも、あらゆる生物が共存しながら、ごった煮状態で生きていくこと。いいものだけ、役に立つものだけでなく、あらゆるものの存在を認めていくこと。
 これがイネを強く育てる秘訣です。そしてイネを育ててきたなかで学んだことです。
 では、ひこばえは、どうして出てくるのでしょう。何のために、深まる秋の中、新芽を伸ばし小さな穂まで付けるのでしょうか。役に立たない新芽、収穫されない2度目の穂は、何のためにあるのでしょう。この世に無駄なものはひとつもない、そう信じれば、ひこばえの存在理由についてどうしても考えることになります。うーむ。20年も農業をしているのに、いまだよくわかりせん。90cmもの草丈の植物を根元から刈り取っても、生物としてのイネは簡単には死なない、ということだけはわかります。

「土」という字、インターネットで調べたら、やはり象形文字だそうで小学校1年で習うとありました。そして2本線に刺さった縦の棒は、盛り上げた土か木を立てるかして、土を祭ったさま、なのだそうです。目で見える土の様子がそのまんま字になったというところは、私の想像の通り(小学校1年レベル)でしたが、興味深いのはその先。地面には神が宿っており、土は信仰の対象・・・、というところ。確かに今でも建物を建てる前には、土地を利用させてもらうことの許しを得るために「地鎮祭」が行われています。そうか、土には神が宿っているのか・・・。

 僭越ながら、新しい文字を考えてみました。「土」の上に音符マーク「♪」を貼り付けた絵。「♪+土」でもって、ひこばえと読む字にするのはいかがでしょうか。
 土の神様が歌っているのが、ひこばえ。・・・こりゃ、私にしては出来すぎですね。


秋も深くなりました。



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