「詠み人知らず」
朝晩の気温がぐっと低くなるとイネは収穫期をむかえます。
今年は8月以降、小雨模様の涼しい日が多く、平年よりも数日遅れているでしょうか。 35℃を超える猛暑日が少なかったため、人間だけでなくイネにとっても過ごしやすい夏でした。
穂が出て花が咲いたのが8月の上旬。そこから約1,000℃で、収穫期となります。
1,000℃というのは、一日の平均気温が30℃なら、かける33日で990℃。25℃なら25x40日でちょうど1,000℃です。
一日の気温を毎日たしていくので「積算温度」というのですが、この積算温度が収穫の一つの目安となります。そう、イネは田んぼの中で電卓もないのに毎日計算しているのです。もちろんこれは、そろそろ収穫できるよ、の合図でしかないので、実際には田んぼで株を見て、葉っぱの色をみて、穂を手で握って、一番美味しそうなタイミングで稲刈りになるのですが。
実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな
秋になると、ついつい自然と口ずさんでしまう有名な句。
この句、イネをまるで人間に見立てています。本来は「成功しても威張ってはいけない、尊大になってはいけない」「学問や徳が深まるにつれ謙虚になるものだ」という戒めの意味でしょう。
イネの一生に寄り添ってきた私からしたら、心細い幼児期もあった、活発な少年期もあった、力強い青年期もあった。そして今ようやく成熟期を迎えた。春夏秋とめぐる季節を、ともに過ごしてきた同志のような感覚があります。
夏の暑い盛りに、イネの穂は葉っぱの上に顔を出します。稲穂は最初は、天に向かって飛び出してくるのです。しかし、モミがふくらみ登熟が進むと、穂先はだんだん重くなって垂れ下がってきます。
重みのある穂が下を向く姿と、人間が頭を下げる姿勢を、重ね合わせたこの句。
確かに充分に実ったイネをよく見てみれば、うつむき加減の人間の立ち姿にも見えなくありません。やはりイネを実際に育てていた人が詠んだものでしょうか。
イネの一生は、春の種まきに始まり、秋の稲刈りで終えます。
短いような、あっという間のような、そんな一生です。種から芽を出したイネの芽は、しばらくの間は人工的に保温をしますが緑の芝生程度に育ったら、外気に当てて、寒い日は寒く、暑い日は暑い中で育ち始めます。田植えが終わるとようやく小学生くらいでしょうか。そこからはもう完全に自分の力です。イネのたくましさには感心せずにはいられません。雨が降ったり、風が吹いたり、気温が上がったり、下がったりして同じようにイネを育てているといっても毎年違う表情を見せるから不思議であり、それが魅力となるのでしょうね。
イネは誰にも教えてもらわずに、葉を広げて育ち、友達をたくさん作り、積算温度を計算し、老成すると謙虚に頭を垂れるのです。
おまえ、ちゃんとしてるよなぁ、などといいながら稲刈りの準備をしています。
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