「地球儀」

 海岸に打ち上げられていたサッカーボールを拾ってきた。皮はほとんどはげ、空気もベコベコに抜けている。きれいに洗って空気を入れて蹴ってみた。穴はあいていない。ちゃんと蹴れる。ちょっと軽い。
 そのまま半年ほど物置にしまったまま忘れていたのだが、それを地球儀にしようを思いたった。出来損ないのサッカーボールはやめだ。地球儀だ。ふいに思い立った。
 もう一度ていねいに洗い、完全に乾燥したのを確かめてから、全体に白のアクリル絵の具を塗っていく。北極と南極を決めて赤マジックで点を打つ。そこから縦横に、赤道とか東経90度とか基準線を引いていく。その時点でロンドンをどこにするかはもう決まる。イギリスという国はたいしたものだ。高校の教科書のような地図帳を引っ張り出してきて、東京、シンガポール、バンコクにムンバイ、イスタンブール、ケープタウン、ニューヨークにロサンジェルス、パナマにブエノスアイレス。めぼしい港町に点をつける。なるほど世界はまーるいなぁ。
 都市と都市を結ぶように大陸をおおざっぱにかたどったら、まず海を塗る。ウルトラマリンブルー。地球のほとんどが青くなってしまった。海は広いんだなぁ。
 次の日。絵の具は乾いている。世界地図をもう一度広げて、国境線をより正確に書いていく。新しい国どうしの国境線は古い地図では不明だ。中央アジア、東ヨーロッパ、アフリカ中央部はとりあえず後回し。それにしても、いろんな国があるんだなぁ。オーストラリアは形がわかりやすい。それからカナダ、アメリカ、ブラジルへ。新大陸はシンプルだ。線を引いて色を塗る。
 大陸の四隅の国はとっかかりだ。アジアでは日本とタイとインドとイラク、アフリカではエジプト、モロッコ、南アフリカ。ヨーロッパではイタリアとポルトガルとノルウェー。正確に線を引きしっかりと色を塗る。
 さてロシアと中国に着色しようをと思って、はたと困った。ロシアと中国は一体何カ国と接してるんだ? 隣同士の国は出来れば違う色で塗りたい。国境があいまいになるからだ。海が薄い青、これまで塗った国は黄色、オレンジ、きみどり、おうどいろ。いったい何色必要だ?12色セットの絵の具じゃ足りないかな。ロシアはふかみどり、中国を赤で塗ってみる。シベリアの森と共産党の赤のイメージだ。(結局その後、色が足りずに塗りなおしました)
 いよいよヨーロッパ中心部。これがたいへんだ。ドイツもスイスも思っていたよりもずーっと狭い。国境線も複雑なので普通の筆じゃ塗れない、極細じゃないとはみ出しちゃう。アムステルダムもフランクフルトもプラハもベオグラードもボールペンじゃ書き込めない。狭すぎる。極東の片隅で地球儀を作りながらおもわず欧州の戦乱の歴史に思いをはせてしまうのであった。
 塗っては乾かし、塗っては乾かし、で1週間。ようやく手に入れた最新の地図を見ながら最後に、旧ソ連の中央アジアと新興のアフリカの国々を書き込む。なじみのない国が多い。知らない国っていっぱいあるなぁ。FIFAの加盟国が200ヶ国以上。国連の加盟国よりも多いらしい。一生のあいだにせめてその半分くらいは見る機会があるのだろうか。世の中には知らないことが多いはずだ。知ってることよりもずーっと多いんだ。
 やったー、完成だ、と喜んだらコソボという国が出来たとニュースでやってる。おいおい。終わらないじゃないか。地球の裏側では悲願の新国家誕生で歓喜に沸いてる人々もいるだろう。そしてそうやって次から次へと新しい国がまた生まれるのだ。ぶつくさいっても始まらない。ひとまず僕の地球儀には2008年editionと年号を書き込むことにした。地球は丸く歴史は今日も続いてゆく。
 もとはいえば、このサッカーボールは日本海原産だ。砂浜にはハングルや中国語で書かれたいろんなものが落ちている。ひょっとするとこのボールだって日本のものじゃなくて外国から流れ着いたものかもしれない。そう考えるとお手製の地球儀がなんだか由緒正しき立派なものに見えてきた。
 さあ子供たちよ。これでサッカーするぞー!




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