「バカ」

 ミレニアムだ新世紀だと世間が騒いでいたころ、朝日だか日経だかの取材を受けたことがあった。東京からきた記者のいうことにゃ「失われた10年をテーマに、調べてるんですが」
 「は?・・・そんなこと、僕にわかるんでしょうか?」不思議な取材であった。ちょうど秋山農場も軌道に乗り始めたころだ。さすがは大新聞、自然をバックに麦わら帽子姿の写真を一枚ほしいとは言わなかった。ただ、バブル以降の日本がどうしたとか、価値観の転換がどうしたとか、そんな禅問答のような話ばかり。あれからもう8年か。何かが変わったのだろうか。失われた10年は、15年に伸び、さらに20年に伸びてゆくのだろうか?
 『バカはなおせる』という本を読んでみた。なおるものならなおしたいし、まずは僕がなおりたい。もちろんひとことふたことでなおるわけもありゃしないし、かといってあまりにもボンヤリしすぎていてバカなので、これはこれで、どうなのかなって思うんだ。ギョーザ事件、年金不安、自衛隊不祥事、朝青龍と横綱の品格、耐震偽装に肉偽装。構造改革に農業問題。バカなのは果たして俺だけか。それともひょっとして俺のほかにも・・・?

 バカボンのパパは、レレレのおじさんをからかって遊んでいた。
 目ん玉つながりのおまわりさんは、拳銃を撃ちまくりながら逮捕すると叫ぶ。
 バカボンのパパは、はんたいのさんせいなのだ。
 バカボンのパパは、バカ田大学の卒業生で、ママは美人のしっかりもの。
 バカボンは朗らかで屈託がなくて、ほっぺにうずまき。
 はじめちゃんは赤ちゃんなのに天才。
 バカボンのパパは新聞をひらがなだけ選んで読んでいた。漢字が読めなかったのだ。そして「これでいいのだ」。
 いつだって、これでいいのだ、が口癖だった。

 本を読む限り、最近の脳科学はちっとも失われていない。この10年で驚くべき進歩だ。脳の構造や機能の解明がすすんで、バカの理由がわかってきたらしい。そういえば「バカの壁」なんていう本も売れたっけ。ノーみそ足りねえから、ヌカみそでも入れとけ、あいよ、俺んち米屋だからヌカならいっぱいあるんだ、ラッキー、てな勢いだけじゃどうもバカはなおらないらしい。気持ちいいことをする。それからウォーキングとかジョギングとかする。ピコピコゲームもそれほど悪くないらしい。村上春樹さんだって毎日走ってる。
 僕は子供の頃、バカボンのパパになりたかった。バカボンじゃない。バカボンのパパになりたかった。その、昔くいいるように見ていた元祖天才バカボンがいま夕方に再放送で流れてる。
 大きなランドセルしょってわが家の子供が小学校から帰ってくる。『バカはなおせる』って本を父親がむずかしい顔して読んでいるのを知っててニヤニヤしてる。「パパ、バカはなおった?」「いやー、そう簡単にはねー」「やっぱりなー」
 僕はバカボンのパパに一体いつなれるのだろうか? どうやってなったらいいのだろうか? レレレのおじさんはどこにいる??
 春になると気持ちがフワフラして気分も浮かれてくる。
 でも、これでいいのだ。きっと、これでいいのだ。 




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