「お願いだから眠らせて」

 顔なじみのガソリンスタンドでの世間話。
 「秋山さん、田植え終わった? 最近、田植え早くなって、もう5月なかばっていうと、だいたい終わっちゃうけれど、昔は6月だったんだよね〜。私、6月生まれで、名前が『さなえ』 っていうの。今だと6月は田植えじゃなくなっちゃったけど・・・。」
 いわれてみると、むかしより一ヶ月も(えっ、むかしっていつだ? 30年くらい前?)田植えが早くなっているなんて、すごいよね。画期的なことだ。この変化のとぼしい農業の世界で、これは大変なことだ。品種や、栽培管理や、農業機械や、いろんな技術が、変わったせいだろうけれど、大きな変化だ。時代は変わっている。確かに変わっている。
 さて先日、町に2軒目のコンビニができた。田んぼのどまんなかにできた。このあいだまで町に唯一のコンビニだった店は、町役場前、郵便局隣、というまことにもって町のセントラル、一番の繁華街にあったのだが、2号店は田んぼのどまんなか。なーんにもないところにできた。経営はだいじょうぶなのかなあと、他人事ながら心配になってしまう。それでも僕からすれば、ぶらっと寄ってエアコンで涼んだり、ビールを買ったりできるので、便利なことは間違いない。

 夜、通ってみたら、あまりに明るいのにびっくりした。コンビニの光って、こんなにまぶしかったか? 遠くからみても、2〜3km先の方まで、圧倒されるくらい、光の洪水だ。なにしろ、ほーんとにまっくら闇だったところに、突然出来たのだから、異様なまでの明るさだ。まずは虫たちが、コンビニ2号店の開店を歓迎し、殺到している。喜んで飛びまわっている。随分と遠くからきているものも、いるようだ。
 コンビニの前の田んぼで、動くことのできないイネは、でもどうなんだろうか。ちょっと迷惑なんじゃなかろうか。人間や虫たちは喜んでいても、田んぼのイネは、困っているんじゃなかろうか。
 植物だって夜は眠っている。でもコンビニの、こうこうとあふれる光の前では、おちおち寝てなんかいられるはずもないのだ。光合成をしなきゃと働くに違いないのだ。その結果、イネはくたびれてしまう。消耗してしまう。
 たとえば、街灯のそばに植わっているイネは、一般に収量が上がらない。または病気に弱い。夜は夜。自然のとおりに静かに眠りたいのだ。イネだってきっと、体を休めたいのだ。
 ご存知のように、養鶏場のブロイラーは、夜も、まぶしくきらめく光のもとで、生活している。夜も明るくしているのは、産卵率が上がるからだという。そのかわり、普通のニワトリよりも寿命が短い。短期間に集中して卵を産んで、すぐに廃鶏になってしまう。ニワトリの一生も、鳥だけに、トリかえしがつかない、・・・なんちゃって。 この養鶏法も新しい技術。「ほんものの技術」かどうかは知らないが。
 イネはもちろん、しゃべらない。何もいわない。でもコンビニで雑誌を買うでなし、おにぎりを買うでなし、便利なことがなにひとつ増えたわけではない。お願いだから眠らせて、とも言わない。広々とした田んぼを渡ってくる、さわやかな夜風。カエルの鳴き声、大合唱。気持ちのいい初夏の風景。不眠症のイネの夜は長い。




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